3.11東日本大震災から九年。ふるさと福島を想う。

本日で東日本大震災から9年が経ちます。

 

9年前の3.11は、娘が生まれて0才の育休時でした。

 

乳飲み子を抱えながら、水がない、スーパーに食べ物がないなどの不安な日々でしたが、何より一番心配なのは、家族や友人たちが住む故郷 福島のことでした。

 

福島の実家は、奇跡的に停電はなかったものの、ガス不通や断水により、トイレの水が流せない、洗い物ができない、お風呂に入れない日々が続き、ガソリンも底を突きそうな頃、
「落ち着くまで我が家へきてほしい」
とお願いし、避難してもらいました。

 

家族は久しぶりのお風呂に入り、温かい食事をお腹いっぱい食べてもらい、胸がいっぱいなったことを覚えています。

 

そして、地震、津波、原発事故の後に待っていたのは、食べ物などの風評被害でした。
私も本当に辛い思いをしました。

 

添付写真は、東京に住む福島出身の友人と、
何かできることはないか?
と福島の新聞社へ応援メッセージを送ったものです。

あれから9年。
当時0歳だった娘は、小学3年生になりました。

 

私の身の回りの生活は、日常が戻ったようにも感じます。

 

しかし、第一原発のある双葉町では約9割で立ち入りが制限され、帰還困難区域では、帰れない方々がいます。
いまだに約4万人の方々がいまだに避難され、仮設住宅に住み続けている方もいます。

 

また、せっかく帰還しても医療やスーパーなどが不足して住みにくい環境もあるそうです。

 

今もなお、被害は続いている中、私にできることを続けて行こうと改めて思いました。

 

3.11以来、私は故郷福島に寄付を続け、食べ物はなるべく福島や被災地のものを選んで購入しています。旅行も福島です。

 

生きていることに感謝しながら、今日は、ふるさとや被災した方々に想いを寄せて過ごしたいと思います。

 

–追記–

「復興五輪」と位置づける東京オリンピック・パラリンピックの聖火リレーは、福島県双葉郡楢葉町「Jヴィレッジ」からスタートします。

 

まだまだ復興はしていませんが、少しでも地元皆さんの気持ちが前を向き、街が活気を取り戻すよう願っています。